パラボラアンテナ

Aqous中心のブログっぽいなにか

完全に私的なこと、interlude的な何か

最初のブログ記事でも書いたように私はアマチュアのクラシック演奏家である。
基本的には吹奏楽で活動していて、たまに声がかかったらオーケストラにも参加する。


そんな一介の一般人たる私に先日とんでもない話がきた。
プロのオーケストラから、次回のベートーヴェン交響曲第9番の演奏に参加して欲しいとの依頼であった。

ご存知第九は、世間一般に広く知れ渡り、事実それだけの音楽性芸術性、そしてその先のメッセージ性を持っている。
声楽のソリストに合唱を加えた4楽章は規模の大きさもあり、アマチュアではなかなか演奏機会がなく、多くのアマチュア奏者にとっていつかは演奏してみたいと憧れる曲だ。
私の楽器も重要な役目があり、その楽器の奏者であれば通らなければならない道とも言われている。
ただともかく難しい。本物のプロが実質演奏不能だと文句を言うほどである。


そんな事情もあって本当に驚いたし、受けるかどうか迷いも多分にあった。


もう10年以上前のことになるが、高校に入学し、憧れをもって楽器を始めたが、
すぐに自分の能力に絶望してプロへの夢を諦めた。
それでも音楽が好きで好きで仕方なくて、趣味としてしぶとく続けてきた身である。
大学の頃には純粋な驚きで、仲の良い同期に「なんで音楽やってるの?」と聞かれたことさえあるくらいに生まれもってのものがなかった。
そんな自分が果たしてそんな舞台に上がって良いものか、周りのレベルの高さを台無しにしない音楽ができるのか、プロの演奏を聴きに来たお客さんに良い時間を過ごしてもらえるか、
気にするべきことは死ぬほどあった。

でもそのステージたった一つで、今後一生で得ることができないことが手に入る気がした。
結局普段プロじゃなくてもどこまでも行けるところまでやろうと思ってるのだから、頑張るのは変わらない。
音楽に、オーケストラに、お客さんに、要求される水準までいけないだろうけど、
それでも今回だけは自分を優先して、本当に目立つところだけに練習を集中して、そこだけは仮にでもプロになろうと思った。

自分の長年の大きな夢を、叶えるときがきた。

 

 

プロオケは当然だがともかく合わせが少ない。諸々の事情もあって今回も前日リハから私は入ることになった。
周りの音出しを聴いた瞬間に、場違いとはこのことか、と思った。
全国的に名前が知れてる上手いアマチュア奏者と何度か一緒のステージに上がったことはあったが、プロは、ワケが違う。
ステージ越しにしか聴いたことのないような音を出す人に囲まれた事実に気づいたとき、私は初めて音出しにさえ抵抗を感じた。


合奏が始まると更に現実を知った。
他の奏者にとっても前日リハが実質初合わせだったのだが、
指揮への食いつき、アンサンブル力が雲泥の差であった。
普段ともかく合奏を重ねるアマチュア吹奏楽団は、細かく指揮者と棒の振り方にコンセンサスをとって曲を作っていく。
だが、プロオケではそんなことは突然行われない。次々変化していく常にリズムを感じ、曲をスコアのレベルで頭に入れ、指揮のピンポイントな指示に的確に反応していく。
我々アマチュアは楽譜に食いつくな指揮を見ろ、と言われることなら少なからずあるのだが、
今回においては指揮棒を見すぎてるもっと周りを聴けと(そもそもかなり高度にアンサンブルできているのだが)指揮者が注意する場面もあった。

第九は決して簡単な譜面じゃないパートもあり、しかも演奏時間も1時間を越えるため音符数も膨大で、
マチュアからしたら人間完璧でない以上どこまでミスを減らすことができるか、という側面もあるのだが、
リハ本番を通してともかくプロはミスをしない。音が濁ることもなく高速パッセージも正しい音を正しいテンポで正しい表現に則して演奏していく。

やってきている練習が、踏んできた本番が、いや何もかもが別世界だった。

 


当日リハ、一度だけ一拍早く音を入れてしまった。
あの感覚は多分しばらく忘れられない。
周りの肌がざわつくような空気と、指揮者の目。
私は生まれて初めて冷や汗が流れた。本当にこういうとき汗が流れるのか、と変に冷静になった。音が未だやったことない震え方をした。

プロのステージの恐ろしさの一端を見た気がした。アマチュアが頑張ってなんとかするレベルのことは「当然」だし、リハであってもミスは「ありえない」ことだと、
この当たり前がこの世界ではどれほど当たり前か知った。

 


本番のことは、あまりハッキリ覚えていない。
ともかくミスはしない、正しく、この水準で、そんなことをひたすら考えていたと思う。
重要な場面に入った瞬間は完全に、演奏の意識的なコントロールはできなかった。決して悪い意味ではない。全ての意識が半ば勝手に指揮と周りの音と自分自身の演奏に向いていたと思う。
少なくとも、その僅かな最重要部分をミスなく吹くことができた。それだけは覚えている。
でもそれに喜べるような時間も、余裕も、達成感も無かった。
その後も正しく、楽器の役目を果たさなければならない。
周りの刺すような集中力のなか70分の本番をなんとか終えた。

お客さんから拍手をもらうと、やっと、普段なら「ああ、なんとかこの反応をもらえるくらいの演奏はできたんだな」といった安堵感を得られる。
今回は、この拍手は私には向けられていないな、と自分で素直にそう思った。実力差からして当然といえば当然なのだが、本当にここまで音楽に貢献できなかったと思ったことはない。

 

 

 

得られたものは想像を遙かに超えたと思う。
技術面でも特に自分はこの辺にとんでもない差がプロとはある、と知れたし、
場数という意味でももっとオーケストラを経験しなければと思った。
マチュアとプロのステージへの意識レベルの差を身を以て知って、
それに近い意識で普段もっと練習しなければ、これからの前進など夢の夢だと分かった。


コンクールで全国区のバンドに所属して、かなり奏者としての意識は変わったつもりでいたが、
一流の人たちは練習も本番も、当たり前の水準が根本的に違った。
これが今回1番の収穫かもしれない。


プロの圧倒的な実力と意識に触れ、やっぱり当たり前だけど一生逆立ちしたって横に並べるわけがないと、理解した。
でももしかしたらあと数十年頑張れば、差が少しだけ縮まるかもしれない。そんな傲慢さと共にこれからも精進したい。

 


嬉しいこともあった。
同属の楽器の奏者に今回、私だけが音大卒でさえないただのアマチュアのようだ、と伝えたら、えっ良い音色してるのに!と言ってもらえた。
この点については、自分が自信を持っていい部分として大切にしなければならない。

 


たった1度の本番で、視野は広がったかもしれない。やっぱりプロとして舞台に立つのは相当のことだと体感できたのも大きい。
そんな大舞台で、ここぞという瞬間に人はどうなるのか確かにやってみないと分からないなと、良い感情悪い感情ひっくるめてそう思えた。

 

叶うと思っていたかった10年越しの夢は、どうやらその達成と共に、まだまだその先へ進めと強く私を引っ叩いてるようだ。
あくまでステージに立つのは夢の外見でしかなくて、そこで演奏したいものこそ自分の夢の本質かもしれない。
いつか、また、これほどのステージで、心からの音楽をしたい。